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歴史遺産と史跡

       
 

  鍵遺跡 第1次発掘調査 昭和11・12年 出土遺物

 

    唐古・鍵遺跡とその整備 説明会 (済)

   唐古・田中の庄

   辨財天ノ塚古墳

    「孝子庄右衛門誕生地」の石碑

    舞ノ庄遺跡出土の能面

    旧田原本町・道標

   矢部・団栗山古墳

 

   保津環濠集落

 
 

    多遺跡

 
 
 

    八尾・笹鉾山古墳・一号墳

 
 

・鍵遺跡

  唐古・遺跡 第1次発掘調査 出土遺物

 

 ここに紹介する唐古・鍵遺跡 第1次発掘調査 出土遺物は昭和11に国道15号線(現在国道24号線)工事の道路床土を当時の唐古池の浚渫をかねて池底土の採土工事中土器等の遺物が出土。奈良県と京都大学文学部考古学教室が緊急に 浜田青陵博士の指示で末永雅雄が中心となって昭和11から12年にかけて発掘調査された。
この時の土器、木製品等の遺物は、京都大学、大和歴史館(現 橿原考古学研究所(橿考研)付属博物館)に保管されたが、一部を地元児童の教材として、当時の唐古小学校に寄贈され、その後、昭和34年の唐古小学校と法貴寺小学校が統合され、田原本北小学校となり、この遺物は田原本北小学校で保管されることになった。
昭和56年9月21日に、田原本北小学校展示室でこの遺物を目視観察と写真撮りの調査を行ったのがこの記録である。   
その後、昭和62年に再調査を行った時は、これら遺物は見つからず、土器破片がパッキンケース1箱分程あり、この事を田原本町教育委員会 文化財保存課に連絡し、その後、この土器破片等遺物は田原本町教育委員会文化財保存課に移された。文責 中西秀和


出土遺物 昭和56921日調査田原本北小学校蔵 
(発調報 番号)は京都大学文学部考古学教室報告書 第16冊 ( )内の番号は土器記入の墨書番号-

田原本北小学校蔵 唐古・鍵遺跡 昭和1112年出土遺物 昭和56921日調Nakanishi hidekazu 
(発調報 番号)は京都大学文学部考古学教室報告書 第16冊 ( )内の番号は土器記入の墨書番号-

弥生土器 
NSTK21223(発調報 番号№7
写真
 1
第一様式古の広口壷で肩部に段を付け、表面は箆
磨仕上。当校蔵品最古の壷。色 暗茶褐色
口径138㎜  胴径172㎜  高さ235
底径 73

縄文土器
(突帯文
)深鉢口縁部 NSTK 22945
写真 2
深鉢口縁部で、口縁部に貼付突帯を廻らし刻目文がある。表面に煤の付着。 95㎜×60㎜  

弥生土器 壷 
NSTK 2722(発調報 番号№3  
写真 3
第一様式中の壷で口頚界に段をもつ、肩部に削出突帯に3条の箆描き直線文、胴下部に弓状の2条の線を2ケ所に描く。色灰褐 口径 142㎜ 胴径 230㎜ 高さ293 底径 88
同上      
写真
 31
拡大写真  記号文様
胴下部に弓状の2条の線を2ケ所に
弥生式土器 壷
NSTK 21821写真 4
第一様式中の壷で頚部に2条の箆描き直線文
肩部に3条の箆描き直線文、胴上部に削出突帯
3条の箆描き直線文廻らす。 色 茶褐色
胴径 279㎜ 現高さ 249㎜ 底径 81
弥生式土器 壷 
NSTK 
2315 
写真
 5
第一様式新の壷で頚部に断面三角形に刻目を付けた貼付突帯二条を廻らす。器形表面箆磨仕上
色 茶褐色
 胴径174㎜ 現高191㎜ 底径70
弥生式土器 壷 
NSTK
21320 写真 6
第一様式の壷で。かなり胴張りの器体。
色 灰褐色  
胴径 278㎜ 現高 250㎜ 底径 83
弥生式土器 壷 
NSTK
21418
写真 7
第一様式新の壷で頚部に断面三角形に布目の刻目を付けた貼付突帯五条を廻らす。外反する口縁部に小孔2孔を穿つ。色 灰褐色 
口径 308㎜ 頚径160㎜ 現高160㎜ 
弥生式土器 壷 
NSTK 22617(発調報 番号№8   
写真
 8
第一様式の壷で口頚部を欠く。 胴上部に4
の箆描き直線文廻らす。底部に籾痕がある。 
色 灰褐色

胴径 135㎜ 現高さ 116㎜ 底径 58
弥生式土器 壷 
NSTK 22816  
写真
 9
第一様式の壷。器形表面箆磨
仕上     色 黒茶褐色   
胴径 145㎜ 胴径 202㎜ 高さ 217
底径 73
弥生式土器 鉢 
NSTK227 
写真
 10
第一様式の鉢。底径が大きい。器形表面箆
仕上     色 茶褐色   
口径 175㎜  高さ 90㎜  底径 70
弥生式土器 長頸 
NSTK 2157)写真 11
第二様式の長頚壷で胴下部を欠く。 頚部から肩、胴上部にかけて櫛描平行直線文8帯を廻らす。
色 茶褐色  胴径 189㎜ 現高さ 252
弥生式土器 壷 
NSTK 2224
(発調報 番号№330    
写真
 12
第三様式の壷で算盤玉状に胴の張った胴形。口 頚部に2孔を2ヶ所に穿つ。器形表面箆仕上。 
色 灰茶褐色
 胴径 152㎜ 高さ 138㎜ 底径 45
弥生式土器 高杯脚 
NSTK
2135                写真 13
第三様式の高杯脚及び底部で、脚部分に6の櫛描平行文を3列に廻らし、底部に16個の孔を穿つ。 色 灰茶褐色 現高 160㎜ 底径 145
弥生式土器 高杯 
NSTK21936 写真 14
第三様式の水平縁木製高杯形高杯の杯部分で、杯部は浅い鉢形の口縁部3㎝程の水平縁を設け、その外縁は曲折して垂下し、内側にはこれを廻1条の隆起帯を凸出させた形で木高杯を模している。 色 茶褐色                  口径 251㎜  現高 40
弥生式土器 台付壷 
NSTK2118             写真 15
第三様式の台付壷で球形の胴部に裾開きの中空脚部を付ける。   器形表面箆仕上。 色 灰褐色 復元胴径 230㎜ 現高 230㎜ 底径 147
弥生式土器 高杯 
NSTK22431  写真 16
第三様式の高杯の脚部分で、裾開きの中空円筒脚を付け底部に3個の孔を穿ち脚部に凸線文を廻らす。色 灰褐色                  脚部 48㎜ 現高 98㎜ 底径 146
弥生式土器 高杯脚 
NSTK22134             写真 17
第三~第四様式の高杯脚及び底部脚上部に16条の平行文を廻らし、底部に11個の小孔を穿つ。
色 茶褐色
 現高 52㎜ 底径 71
弥生式土器 高杯 
NSTK22033  写真 18
第四様式の器台で、器形の中央部と下部に凹線文を廻らし、その間に5個の孔を穿つ。
色 茶褐色
現高 107㎜ 底径 132
弥生式土器 壷 
NSTK 26  
写真
 19
第四様式の取手付壷で口縁部は欠損している(補修済)が、肩部に半環状握手を付け、胴部は算盤玉状に胴の張った胴形。表面箆磨仕上。 
色 黒茶褐色
 胴径 ㎜ 高さ ㎜ 底径 ㎜
弥生式土器 壷 
NSTK 283
写真 11
第四様式の長頚壷で胴の張った器体に直立する頚部を付け、表面箆仕上げ。
色 黒褐色 
胴径 191㎜ 現高 249㎜ 底径 54
弥生式土器 壷 
NSTK 2414
写真 21
第五様式の壷で胴の張った器体に直立する頚部に折返し口縁部を付ける。表面箆仕上げ。
色 茶褐色
 
口径139㎜ 胴径 180㎜ 高 210
底径 48
弥生式土器 壷 
NSTK 
2513
写真
 22
第五様式の短頸壷で長胴の器体に頚部に折返し口縁部を付ける。
色 茶褐色 
胴径 147㎜ 高 208㎜ 底径 68
弥生式土器 壷 
NSTK 210      
写真 
23
第五様式の壷で球形の器体に外反する口縁部を付け肩部に3個の竹管文があり、内外共表面箆仕上げ。
色 茶褐色 口径135㎜ 胴径 192㎜ 高 230
底径 58
弥生式土器 壷 
NSTK 2162
(発調報 番号№330     
写真 
24
第五様式の壷で球形の器体に外反する口縁部を付け肩部に縦書3本の箆描ある。
色 茶褐色
 口径123㎜ 胴径 222㎜ 高 238底径 57
弥生式土器 甕 
NSTK 
29               写真 25
第五様式の小型の甕で、底部に6㎜の小孔を穿つ。甑として使用したもの。表面叩目 
色 茶褐色
 口径123㎜ 胴径 128㎜ 高 138
底径 48
弥生式土器 甕 
NSTK 27  
写真 
26
第五様式の甕で、胴中央部が張って「く」の字形に外反した口縁部を付ける。
表面叩目仕上げ  色 茶褐色
口径212㎜ 胴径 273㎜ ㎜ 底径 50
弥生式土器 高杯 
NSTK22532  写真 27
第五様式の高杯脚部で、裾開きの中空円筒脚を付け裾部に10個の小孔を穿つ。
色 茶褐色
脚部径 35㎜ 現高 108㎜ 底径 88
弥生式土器 鉢 NSTK222
写真 28
第五様式の鉢。頸部の無い壺形の鉢。
色 茶褐色

口径 162㎜ 高さ 82㎜ 底径 68
弥生式土器 壷 
NSTK 22311写真 29
第五様式の壷で胴下部に2段の資と刺突文を廻らす
色 茶褐色
胴径 
97㎜ 高 146㎜ 底径 42
敲石 NSTK 210452) 写真 30
敲石 
NSTK 210452) 
写真 30
花崗岩   200㎜×110㎜×80㎜ 
石包丁 
NSTK 210550
写真
 31   
粘板岩 磨製石包丁で 刃部分も良く磨き上げられている。  半欠  55㎜×65㎜×8
石斧 
NSTK 210349
写真  32
花崗岩? 半欠 

石斧 
NSTK
210247
写真 33   半欠 
くぼみ石(敲き台石) 
NSTK210148
写真 34 
砂岩  長径 
200

        舞ノ遺跡 出土の能面 (翁・父尉面)  

出土地:   昭和25年・奈良県磯城郡田原本町大字法貴寺字海ノ上 
発掘調査: 橿原考古学研究所 発掘調査担当: 中井一夫
発掘調査: 舞ノ庄遺跡第1次発掘調査 
発掘状況: 14世紀の環濠屋敷跡の溝より、下駄・泥塔・瓦器と共に出土  
面は、翁・父尉面で14世紀中頃か。
能面

 遺跡 宝物館建設出土遺物  
                    昭和52811日~15.

多座 彌志理都比古神社 宝物館建設に伴う事前発掘調査を昭和52811日~15日に実施。範囲は宝物館建設地の南北5.6m東西3mの約20㎡で行った。

層 位

本地点の層位は Ⅰ 表土 茶褐色土層 Ⅱ 砂層   Ⅲ 茶褐色土層

Ⅳ 黒褐色土層 Ⅴ 砂層   Ⅵ 黒褐色粘土層   Ⅶ 黒色粘土層

Ⅷ 青灰色砂層 の8層からなり地表より3m掘り下げた。

Ⅰ層は表土で近世の瓦片(巴瓦)が多く包含していて約30㎝の層をなす。

Ⅱ層は2030㎝の砂層。  Ⅲ層は茶褐色土層でⅠ層と同じ近世の瓦片(巴瓦)が包含している。 Ⅳ層の黒褐色土層は地表より約100㎝から始まり約80㎝で土師器片、須恵器片が混在する二次的堆積層である。このⅣ層の下段から出土した須恵器片は復元すると胴径が約90㎝の大甕。 Ⅴ層は厚さ約10㎝の砂層で南端で径20㎝深さ30㎝の掘込みがあった。 Ⅵは厚さ約40㎝黒褐色粘土層で弥生式土器片、土師器片と共に杭(長さ25.5㎝×径8㎝)や太型蛤刃石斧、鐵族状鉄製品が出土。つぎのⅦ層は厚さ約60㎝の黒色粘土層で弥生・第二様式から古墳時代の布留式土器が多く出土し地表から約250㎝の地点で特に布留式土器が最も多く出土。Ⅷ層は青灰色砂層で出土遺物は全く含まずこの層を約30㎝掘下げた時大量の出水の為作業を終了した。
出土遺物

土器

 弥生式土器

第二様式から第三、第四、第五様式と土師器纏向一式、二式、から布留式土器、須恵器が出土している

弥生式土器の第二様式は甕が3点、第三様式は高坏と鉢が各1点、第四様式は壺2点と器台が1点と非常に少なく、第五様式になって壺、甕の数が多く出土している。この中で器面に朱の塗布された壺片が1点出土している。

土師器

土師器の庄内式土器は壺、甕で4点の出土と少なく、纏向一式の土器は壺、甕、高坏、手捏土器の等の出土量は多い。布留式土器になって壺、甕、高坏、小型丸底坩、浅鉢、手捏土器の出土量は多く特に甕の出土量は多くなる。

須恵器

須恵器は大甕1点だけの出土で出土地層も弥生式土器、土師器の出土層とは砂層を隔てた上の層から出土している。

 弥生式土器、庄内式土器の胎土は1㎜から2㎜の砂を含むが、纏向一式の土器の胎土は2㎜から3㎜と少し 大き目の砂を含む。又、手捏土器の胎土は5㎜と大き目の砂を含み量も多い。 これとは反対に布留式土 器の小型丸底坩、浅鉢の胎土は精製され砂は含まず器面は箆磨され美しく焼成も良好である

昭和51年多神社宝物館建設時出土遺物
弥生式土器

11(左№は写真番号・右№は遺物番号) 
第二様式の甕で器面茶褐色で口縁部に刻目、外面は縦刷毛目調整。内面の口縁部は横箆磨、
内部は横撫で仕上げ。
12 第二様式の甕の口縁部。器面茶褐色で口縁部に刻目、口縁部は内面並行箆磨。胎土に1㎜位の砂を多く含む。
13 第三様式の甕の口縁部。器面灰褐色で口縁部に縄目状刻目わ付け、横刷毛目、胴部縦刷毛目仕上。口縁部の内面横長の鋸歯紋に横箆磨。
14 第三様式の鉢の口縁部。器面茶褐色で口縁部突帯簾状紋。外面は上部簾状紋。胴部は平行櫛描紋を施す。内部は横撫で仕上げ。

21 第三様式の水平縁木製高坏形高坏で漏斗状口縁部に浅い凹線 3条を廻らし、外面は縦箆磨。内面は横箆磨仕上げ。
22 第四様式の器台で器面明茶色で幅広の凹線を廻らし、下部に半円形の透かし彫りがある。内面は横撫仕上げ。胎土精製され砂を含まない。
234 第四様式の壺で器面茶褐色で、胴くびれ部に指で摘み上げ状の刻み目を付けた幅広の突線を廻らし、内外面は横撫仕上げ。

3-1~3 (左№は写真番号・右№は遺物番号)
第五様式の壷で器面明茶色で器形は二重口縁で内外面共横撫仕上げ。胎土精製されているが2㎜位の砂が含まれている為器面は荒れている。
3-6
第五様式の甕で器面茶褐色で口縁部及び頸部は横刷毛目仕上げ内面縦刷毛目仕上げ。

4-1
第五様式の壷で器面茶色で外面頸部縦箆磨仕上げ。内面横撫仕上げ。胎土に3~4㎜の砂が含まれている。
 4-2
第五様式の口縁部の外反した壷で器面茶色で外面頸部縦箆磨仕上げ。内面横箆磨仕上げ。
 4-4
第五様式の壷で器面茶色で外面頸部縦箆磨仕上げ。内面頸部横刷毛仕上げ。胎土に1~2㎜の砂が多く含まれている。
4-5    第五様式の比較的大型の壷で器面茶褐色で器面茶褐色
5-1 第五様式の甕で器面茶褐色
5-2.3 第五様式の壷で器外面横箆磨仕上げ。
5-4  第五様式の壷で器面茶褐色外面横撫仕上げ。内面巻上げ仕上げ。
5-6第五様式器面茶褐色朱塗
5-9  第五様式の壷で器面暗茶褐色、内外面共丁寧な箆磨仕上げ。胴下部(糸尻)より底部にかけて斜めに径3㎜程の穿孔あり。
5-10 第五様式の壷で器面茶褐色で胎土に砂が多く含まれている
5-11 甑 底部に径6㎜程の穿孔あり。
5-13 第五様式の甕で器面茶褐色、外面叩き目仕上げ。
5-14 庄内一式の壷で器面茶色で。外面叩き目仕上。内面刷毛目仕上。
5-15     庄内一式の甕で器面煤により黒褐色で。外面箆磨仕上。内面底部刷毛目仕上。


6-1 (左№は写真番号・右№は遺物番号)
纏向一式の土器は壺。器外面頸部箆磨、頸部と胴部の境に突帯をつけ、これに線刻入の刻目を付ける。
胴上部に櫛描平行紋と櫛描波状紋 をつける。器内面の口縁部及び頸部は箆磨仕上。

6-2
纏向一式の土器は壺。器面茶褐色胴上部箆描紋と刺突紋及び箆描
  平行波状紋をつける。
7-1
纏向一式の壷で器面浅茶色の口縁部は二重口縁で器面内外面共箆磨仕上。胎土に1~4㎜位の砂が多く含み器面にも多く表れている。又、口頚部と胴部を別々に造りその接合部が内面に断
となって明瞭に表れている。


8-1
纏向一式の壷で器面茶褐色の口縁部は二重口縁で胎土に砂が多く含む。

8-3
纏向一式の壷で器面淡茶色の口縁部は二重口縁で器内外共撫ぜ仕上。胎土に砂が多く含む。
10-2 (写真 右)(左№は写真番号・右№は遺物番号)纏向一式の甕で器面茶褐色、煤付着、器外面刷毛目仕上、器内面箆削り仕上。
11   (左№は写真番号・右№は遺物番号)
纏向一式の壷で器面浅茶色、器内外共
刷毛目仕上、

12-1  手捏土器
器面淡茶色、器内外共指頭撫ぜ仕上、胎土に
砂が多く含む。

12-2  手捏土器
器面青灰色、器内外共指頭撫ぜ仕上、

12-3  手捏土器
器面黒褐色、器内外共指頭撫ぜ仕上、

13-1  庄内式土器は壺器面淡茶色、器外面横箆磨器内面撫ぜ仕上一部縦箆磨

13-2  庄内式土器は壺器面茶褐色、器内外面共刷毛目仕上、2~3㎜位砂含

13-3  庄内式土器は壺器面灰褐色、器内外面共刷毛目仕上
14-2
布留式土器の甕で器面淡茶色、煤付着、器外面刷毛目仕上。 器内面口縁部刷毛目仕上。胴部箆削。
14-3
布留式土器の小型丸底坩で器面淡茶褐色、器外面口縁部及び頸部撫ぜ仕上。
胴上部斜行箆磨仕上。 胴下部縦箆磨仕上。器内面口縁部横撫ぜ仕上。胴部箆磨仕上。胎土に砂が多く含む。
14-4
布留式土器の壷で器面淡茶色、器外面撫ぜ仕上。器内面撫ぜ仕上。
胴部箆削り仕上。胎土に砂が多く含む。
15-1~17  布留式土器の甕で器面淡茶色及び淡茶褐色、器外面刷毛目仕上。器内面口縁部刷毛目仕上。
胴部箆削り仕上。胎土に1~2㎜位砂が多く含み器面にも表れている。

16-1 布留式土器の小型丸底坩器面淡茶褐色、器外面箆磨仕上。
器内面口縁部横磨箆の上に縦放射状暗文。胴部撫ぜ仕上。胎土良。

16-2 布留式土器の小型丸底坩器面淡茶色、器内外面共撫ぜ仕上。胎土良

16-3 布留式土器の小型丸底坩器面茶褐色、器内外面共撫ぜ仕上。
17-1  手捏土器 小型 鉢
器面淡茶色、器内外共指頭撫ぜ仕上、指紋多くある。
胎土に砂が多く含む。

17-2 手捏土器  鉢
器面茶褐色、器内外共箆削り仕上。胎土に2㎜位砂が多く含む。

18-1   布留式土器の鉢 器面淡茶色、器外面撫ぜの上、
一部箆磨仕上。器内面箆磨仕上。
胎土良。やや軟質。

18-2   布留式土器の鉢 
器面茶色、器外面箆磨仕上。
器内面箆磨仕上の上放射状暗文。
胎土良。

18-3   布留式土器の鉢 
器面淡茶褐色、器外面口縁部撫ぜ仕上。胴部箆削り・箆磨仕上。 
器内面箆磨仕上の上放射状暗文。胎土良。
19-1~9   高坏の脚部
20  鉄製品(鉄鏃、鉄釘?)
断面が層をなしていることから鍛造品と思われる。
長さ94㎜×径10㎜ 重量 g

21-1  石製品  未製品
21-2  石製品  未製品     サヌカイト製 
21-3  石製品   太型蛤刃石斧 緑泥片岩       
21-4  石製品   叩石      花崗岩   
21-5  石製品   砥石      緑泥片岩 
21-6  石製品   砥石(荒目)    砂岩
22 木製品

山古墳

 団栗山古墳は、1937年に土取りがなされ、現状では直径30mほどの円墳ですが、本来の墳形は不明です。 土取りの際に、多数の須恵器、馬具、太刀の柄頭などが出土しました。馬具のなかには「蛇行状鉄器」とよばれる旗竿の軸受けがあります。全国的にも珍しい出土品です。団栗山古墳は須恵器の形から、6世紀後半の築造と考えられます。

出土遺物 馬具・旗竿装着器(蛇行状鉄器) 須恵器 馬具装飾具

                           2000年7月29日

舶載鏡の出土した 

辨財天ノ塚古墳跡 (羽子田古墳群2号墳・俗称茶山)

             田原本町大字八尾小字大塚(坪名池ノ内681番地)

 鏡作座天照御魂神社から宮古への道路が近鉄橿原線と交わるすぐ南西にあった古墳で、現在住宅地となっているが明治初頃の八尾区有絵図や田原本町役場旧地籍図によって、かって古墳が存在していたことが分かる。 先の絵図や地籍図によると、直径約30m位の円墳であったらしく大正11年の大阪電気鉄道畝傍線(現在の近鉄橿原線)の施設工事の路盤採土の為に消滅した。 この時出土した遺物は東京帝室博物館(現在の独立法人東京博物館)の蔵品となっている。

東京国立博物館発行の蔵品目録によると 四神四獣鏡(舶載鏡?) 19.1㎝  馬具(雲珠残欠)  瓶残欠 土器残片  埴輪残片  木片 等 となっている遺物から見て、古墳時代の5世紀末から6世紀初め頃の古墳で、この付近には南南東約500mには牛や盾持ち人埴輪の出土した羽子田古墳群1号墳、北約750mには馬を曳く人物と飾り馬のセットの埴輪の出土した笹鉾山古墳、又、北北西約700mには西大塚を始めとして3基ほどの古墳がある。そして、この辨財天ノ塚古墳の東に隣接して弥生時代後期から古墳時代後期の弥生土器・土師器・須恵器の出土する遺跡があり、小字池ノ内を中心とした東西約500m南北約800mの大和の条里の 乱れた地区は周囲より高い微高地で弥生時代後期から古墳時代の集落及び古墳群の営まれた地域で現在、羽子田遺跡と呼称されている。 この様にこの辨財天ノ塚古墳 (羽子田古墳群2号墳)は消滅したとはいえ、この付近で鏡の出土した唯一の古墳であり、隣接する鏡作座天照御魂神社御神体の鏡と共にこの地域の古墳時代を研究する貴重な遺物を出土した古墳である。
橿原古学研究所 花岡皚子 製図
     
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